「そこには愛しかない」と言えるほどの執着を生み出して見せる

大矢根 翼

会社員時代のブログ趣味が高じてライターになり、ライターの仕事をしていたら開発が楽しくなり、気付けばギルギルタウンでいろいろやっている。
いまだに「Twitter」「RT」「ふぁぼ」と言い募る守旧派。
趣味はクルマとサバゲーとPCゲーム。

こんにちは。大矢根です。

僕は2004年式のスバル・インプレッサWRX STIに乗っています。
大学を卒業して最初のボーナスを全部頭金に突っ込んで、ローンと家賃と駐車場の支払いに追われながら仕事が終わると首都高へと繰り出す日々を送りました。

愛の前では全部安いんだ

当時で車体価格が120万円くらいだったかな。今ならバーゲン価格ですが、当時は相場相応。

中古車だからトラブルはいろいろ起きます。
結婚前の妻を乗せて国道を走っていると、ボンネットの特徴的なダクトから突然白煙が吹き上がりました。
水温系は上まで振り切れていて、一目でラジエーターが破れていることがわかりました。
トランクに積んでいた水をラジエータータンクに突っ込んでスバルのディーラーまでなんとか自走。

お出迎えの店員さんが「どうしましたか?」

「見りゃわかるでしょうが!」とテンパりきった僕。

そんなこんなでラジエーターと周辺の部品を交換してざっと20万円が一発で吹き飛ぶ、みたいなことが毎年起きるクルマです。

フィットが悠々と上る立体駐車場の入庫待ちだって、こっちは重たいペダルを蹴っ飛ばして3500回転のクラッチを繋ぐんです。

東京でハイオクを満タンにして、長野に着いたらバカみたいに高い長野のガソリンを満タンにして、東京に戻ってきたらまた給油です。

ブレンボのブレーキパッドは1本2万円です。

ああ不経済。

あな不便。

されどをかし。

まともに損得勘定ができる人間の人生には決して登場しない1400kgの鉄塊。

それでもEJ20が生み出す280馬力は僕の心臓を掴んで離さない。
エンジンを始動するたび、ボクサーサウンドが僕の五臓六腑を駆け抜けていく。
ハンドルに伝わる振動は、砂煙を上げながら丘を越え、農道と四輪の間に空を映したWRブルーのペター・ソルベルグが世界の舞台で感じていた拍動。

お金の問題じゃないんだ。もう、そこには愛しかないんだ。
僕が握っているこのハンドルは、あの日僕の心を奪った、僕がパドックで見送った夢の延長線上にあるんだ。

このクルマに費やしたお金はとっくに購入価格を超えました。

それに後悔はひとかけらもないし、お金を払うことで僕がインプレッサと一緒にいられるなら、いくらだってそれは安いものだと思っているんです。

今度は僕がスバルになる

少年時代の夢には一通り挑んだつもりでいます。
レーサーになりたくてカートに挑戦し、シミュレーターだってやったし、大学を卒業してからはモータースポーツの盛んな会社に就職しました。

でも現実の階段は僕が思っていたよりもずっと長くて、段差は高くて、僕の力では登りきれなかったみたいです。

同時にモータースポーツへの熱狂は僕に確信をくれました。

それは、誰かの人生を狂わせるほどのブランディングは、原価とか相場なんて全部吹き飛ばしてしまうということ。

今この瞬間に儲かるかとか、利益率がどうだとか、そんなもの全部無視して本当に人を魅了するモノを作り上げた企業には、振り払ってもしがみついてくる狂信的なファンがついてきます。

とはいえたぶんスバルの皆さんは頭いい人たちだと思うんですよね。
WRC参戦も戦略的にやってたと思うし。

そういう話じゃなくて、SUBARU WORLD RALLY TEAMのユニフォームを着てサービスパークに集まっていたチームは、人生をモータースポーツに狂わされたバカで、それに熱狂して何百万円も突っ込むバカが僕なんですよ。

スバルは、もやし食って、永谷園みたいな色になった役所の封筒におびえて、それでもインプレッサにしがみつくバカを作った。

スバルにできたらなら、きっと僕にも、スケールが小さくてもできるはず。

スバルの社員も僕も、飯食ってウンコして寝る、戦争一つ止められないちっぽけな人間。

だから誰かの人生をぶっ壊すほどのモノを、僕はここで作ってみせる。

その果実が実るように、今は土を耕し、水をやっているところです。